最高裁判所第二小法廷 昭和58年(オ)1003号 判決 1984年2月03日
上告人(原告)
佐々木良一
ほか一名
被上告人(被告)
秋田県
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人金野和子の上告理由一について
原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、原判示一時停止標識の不存在と本件事故の発生との間には相当因果関係があるということはできないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はなく、所論引用の判例のうち、最高裁昭和四三年(オ)第一〇四四号同四八年六月七日第一小法廷判決・民集二七巻六号六八一頁は原審の判断に抵触するものではなく、また、最高裁昭和四三年(オ)第四三一号同四八年二月一六日第二小法廷判決・民集二七巻一号九九頁及び昭和四七年(オ)第七三一号同四八年四月二〇日第二小法廷判決・裁判集民事一〇九号一七一頁は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、独自の見解に基づき原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
同二について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決の説示に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原判決を正解しないで、その不当をいうものにすぎず、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判官 鹽野宜慶 木下忠良 宮﨑梧一 大橋進 牧圭次)
上告理由
一 原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。
(一) すなわち、原判決は、「藤田進行道路を境町方面から本件交差点に向け進行してくる自動車運転者が右道路の右交差点入口に一時停止標識が設置されていなければ、通常、訴外藤田と同じように自車進行道路を優先道路と誤認し、それも一因として徐行義務を怠つて本件事故のような事故を発生せしめたであろうとは到底認め難い」とし、「従つて、仮りに一時停止標識が存在し、訴外藤田がこれに従つて右交差点入口で一時停止したとすれば、本件事故の発生は回避できたであろうことは推認するに難くないけれども」と、一時停止標識が存在すれば、結果の発生は回避出来たと推認しながらも、本件事故は「一時停止の標識が存在しないにしても、本件交差点に入るに際し、右藤田に減速徐行して左右の安全を確認すべき義務があり、右義務を尽しておれば本件事故を回避できたものであり、」「かつ、藤田進行道路の自動車運転者に右義務が免除されていると誤認させるような状況にあつたともいえないから、」「一時停止標識の不存在と本件事故の発生との間には相当因果関係があるということはできない」として、上告人の請求を棄却した。
(二) しかしながら、原判決の右所論は、不法行為の相当因果関係認定につき、法令の解釈適用を誤つたものである。
すなわち、標識等の設置の瑕疵(この点について原判決は判断をしていない)に基づく、交通事故発生の因果関係は、標識等の瑕疵もしくは不存在と損害との間に自動車運転者もしくは歩行者等の本人もしくは第三者の標識に対する人間の認識並びにそれに伴う行動が介入して発生するものである。
右の様な形態の場合、多くは自動車運転者や歩行者の過失行為が介入することが多い。しかしながら、第三者の過失行為が入つたからといつて、相当因果関係を否定するとされるべきではない。第三者や本人の過失行為は、因果関係とは別に論すべきである。相当因果関係の有無をみるには、標識等の管理・設置等の瑕疵と事故発生との間にその瑕疵がなかつたならば、その損害もなかつたであろうという事実的な因果関係の存在を前提にし、その上でどの範囲の損害を行為者に賠償させるのが妥当かという考慮がなされるべきである。
この点につき、判例は「不法行為による損害賠償についても民法四一六条の規定が類推適用され、特別の事情によつて生じた損害については、加害者において、右事情を予見しまたは予見することを得べかりしときにかぎり、これを賠償する責を負うものと解すべきである」(最高・昭和四三年(オ)第一〇四四号・同四八年六月七日第一小法廷判決)とし、間に第三者の行為が介入した場合の相当因果関係としては、その第三者の行為が「違法であることはいうをまたないが通常予想もできない異常なものということができない」「通常の注意をもつてすれば予見可能の範囲内にあるということができる場合」その第三者の「無謀運転にかかわらず、相当因果関係がある」(最高・昭和四七年(オ)第七三一号・昭和四八・四・二〇判決)としている。
(三) これを原判決についてみると、原判決は一時停止標識の不存在につき、秋田県公安委員会の設置もしくは管理の瑕疵といつてか否かについて何らの判断をしないばかりか、本来設置が指定されてあつた本件交差点に一時停止標識がなかつたことと、事故発生について事実的な因果関係があるのか否かについても明確な判断をせず、「訴外藤田が注意義務を尽していれば」「上告人の車との衝突を回避できたことは明らかである」として、「訴外藤田には自動車運転者として重大な過失があつた」「本件交差点に向け進行してくる自動車運転者が右道路の右交差点入口に一時停止標識が設置されていなければ、通常、訴外藤田と同じように自車進行道路を優先道路と誤認し、それも一因として徐行義務を怠つて本件事故のような事故を発生せしめたであろうとは到底認め難い」として、相当因果関係を否定した。
しかしながら、この本人や第三者の過失行為の介入については過失相殺や共同不法行為の責任の割合について考慮すべきであつて(東地・昭和四五年(ワ)第二七〇号・昭和四七・一・一九判決)(最高・昭和四三年(オ)第四三一号・昭和四八・二・一六判決)、予見不可能な不可抗力とされるような場合についてのみ、相当因果関係を否定されるべきである。
(四) これを本件についてみると、秋田県公安委員会は本件交差点を一時停止標識による規制を必要とする場所と認め、一時停止標識設置場所に指定した。
このことは、秋田県公安委員会において、本件交差点については通常の自動車運転手の注意義務をもつてした場合、見通しの悪い交差点の徐行義務や優先、非優先道路の判断を運転者のみにまかせるのは事故発生が予想される為、危険防止のため一時停止というより強い規制を必要と判断したものに外ならない。
すなわち、本件交差点について一時停止標識をおかない場合には、本件の訴外藤田のように徐行義務違反や優先、非優先の判断の齟齬が生ずる可能性が予見されていたことが明白である。前記判例の立場にたつてみた時、訴外藤田の行為は「通常予想もできない異常なものということはできず」、本件の道路標識設置の瑕疵と本件事故は訴外藤田の「無謀運転にかかわらず、相当因果関係を認めるべきもの」である。
二 原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかな経験則違反、並びに事実誤認がある。
(一) すなわち、本件の事故は、本来あつた一時停止標識が秋田県公安委員会の過失により設置を怠つており、その為、自動車運転者が交差点において一時停止をせず交差点に進入した為に生じた事故である。一時停止標識さえあれば、本件事故は発生しなかつたことが明らかである。訴外藤田は一時停止標識がない交差点において、徐行義務に違反し、且又、優先道路と感ちがいし、そのまま進行したことは認められるが、一時停止標識さえあれば右の如き過失行為が生じなかつたことも経験則上明らかである。
原判決は、訴外藤田の過失行為のみをとらえているが、それらはすべて一時停止標識が必要な場所に存在しなかつた為に生じたものである。
本件交差点における訴外藤田の行為は、一時停止標識が必要とされる交差点に標識が不存在の為に生じたものである事実を原判決は誤認し、見過ごしているものである。
以上、原判決は違法であり、破棄されるべきものである。
以上